これは、マザーリーフという植物です。写真をご覧になれば判るかと思いますが、葉っぱを水にただ浮けべていただけなのですが、葉っぱの縁から根が出て、芽が出ています。
2011年10月13日木曜日
アジア学院(2)
しかし、床に使用した稲ワラが放射能に汚染され、そのわらを食べた豚の肉からセシウムが検出されました。
国の基準値をはるかに下回る数字(10bq/㎏)でしたが、一部の消費者から販売を断られました。
今回、自然農業の豚舎を建築するという事で、建築予定地を調べてみました。
自然農業の豚舎は、自然の恵みを上手に生かした豚舎で、建築にあたっては方向が重要視されます。
東西に建てて、北側が通路でえさ箱を設置します。そして南側に給水器を設置します。
東西に建てることによって、一日を通して太陽光線が豚房の隅々まで射し込みます。また、エサ箱と給水器を離して設置することによって、自ら豚が運動をするようにするのです。
その後、事務所にもどり、校長先生も交えて打ち合わせをしました。覚書をかわし、契約書を結ぶこと、そして、アジア学院で11月に基本講習会を開くこと、来年4月北九州で行われる、趙先生による豚の専門講習に参加することなどが決められました。
志藤さんから、今後の日本における養豚(養鶏も)の技術を協会でどのように責任をもって指導していけるか、今養豚に取り組んでいる会員の人たちによる専門部会や役員会での話し合いが必要だと提案されました。日本における独自の体制作りが急がれます。
2011年10月4日火曜日
アジア学院へ行ってきました
9月20日、栃木県のアジア学院へ行ってきました。アジア学院はアジア・アフリカの国々の有機農業の農村指導者を養成している学校です。自然農業協会との関係は古く、趙漢珪先生の講演や講習会を何度か行っています。また、自然農業協会の会員の方の中には、アジア学院の研修生の実習や見学の受け入れを行っている方も多いです。写真は本部建物です。
今回の訪問は、アジア学院に自然養豚の豚舎を建てるための打ち合わせが目的でした。3月11日の震災のとき、アジア学院のあたりは震度6強だったそうです。福島県の隣の県ですから、それぐらい大きくても当然だったでしょうが、距離が遠く離れているので、そんなに大きかったとは思いませんでした。しかし、建物にはヒビが入り、豚舎も壊れてしまいました。立て替えるにあたり、以前より自然農業式豚舎に近く形で発酵床で飼育してきたので、今回は正式に自然農業豚舎の設計図に基づいた豚舎を建てようということになったわけです。
自然農業協会では、豚舎や鶏舎など畜舎を建築するには一定の規定があります。まずは、基本講習会を受講していること。この豚舎での飼育法を開発、研究してきた韓国自然農業研究院の趙漢珪先生に技術開発費を支払う事。建築後も技術の研究や会員同士の情報交換に勤めることなどです。
アジア学院に職員の方が以前基本講習を受けましたが、現在その方はいません。しかし、豚舎は壊れ、臨時のハウス豚舎に豚は収容されていますが、至急豚舎の建築をしなければなりません。そのような事情を考慮して、今回はまず、豚舎の建築に取り掛かり、後に基本講習を受けるということになりました。その事を確認するために、通常取り交わされる契約書と別に覚書を取り交わすことになり、その打ち合わせを行うのが目的でした。
当日、山形の志藤正一さんと那須塩原駅で待ち合わせ、アジア学院の荒川さんに迎えに来てもらいました。志藤さんは福島での集会の帰りでしたが、被災地を見て「はるか彼方まで続く瓦礫の山を見て、これがもと農地や住宅地だったと思うと涙が出てきた」と言っていました。テレビで放映されるのは画面に切り取られた部分的なもので、実際ははてしなく広がっているのです。
アジア学院につくと、まずは今回の地震による被害について説明を受けました。建物や中の器物の被害もさることながら、最も大きな被害は放射能汚染です。分布図を見ると、原発のある位置を中心に放射性物質が広がっていますが、必ずしも同心円状にではなく、風向きのせいか、栃木県にも大きく飛散していることが分かります。
アジア学院では各機関の協力を得て、土壌汚染や農産物の汚染状況を小まめに調査しています。また荒川さんをはじめ、職員はクイクセルバッジというレントゲン技師が年間被爆量を計測するために身に着ける測定器をつけています。荒川さんなど農場へ出ている機会が多い職員は室内作業の職員に比べ被爆量が多くなるからです。
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